「天樹院墓所」
毛利輝元公夫妻の墓所 輝元は萩城築城の折りこの四本松邸を仮住まいとし
築城後もここに隠居をしていたと言われる。
寛永2年に没したのち、隣にあった妙麗山天樹院に葬られた。

永井元房と言う重臣が、当時この猫の丁に住んで居り元房が輝元の為に殉死した。
その元房が可愛がっていた猫が非常に悲しみ、天樹院内の元房の墓所を離れず
元房四拾九日の法要の日に愛猫は舌を噛んで死んでいた。その後夜な夜な猫の
泣く声が聞こえ、世間に広まり夜などは人通りさえ無くなった。そのため寺僧
は愛猫の死を憐れんで寺内に手厚く葬った。何時の頃からか猫の丁と言うように
なったそうです。