
「竜蔵寺」
今より1300年の昔、聖武帝の奈良東大寺建立にあたり、長門の国、阿武の郷
堀田之庄の若者が白牛を牽いて都に上り、他国の牛に優り、巨石巨木を運び、夕
に至るも疲るること無く、その功優れ、この牛飼いに国守の姓を賜り、且つ官女
葵の前という美姫をも賜り若者は国へ帰った。
しかし草深い田園の生活は美姫には適すべくも無く、都恋しさに遂に悲しくも
この世を去った。その亡骸を涙ながらに葬った所が、今葵の森と伝い、之を祀った
のが「葵大明神社」として、国守家の敷地内に在り、白牛を葬ったのが菩提寺、
白牛山、竜蔵寺である。国守家はその後長者となり、何時の世にか農を営み、
住み続け日本最古の千年百姓として世にも名高い。