唐 滝 庵 窯
唐滝庵十三代
土谷一水
土 谷 一 水

萩焼唐滝庵窯の由来
唐滝庵窯の由来を尋ねるに今より凡四百有余年前肥前の国長崎の陶工田原道仙大雲なるもの
初め肥前国唐津竹尾山に開窯し製陶に従いしが故有りて諸国を遊歴したまま長門国阿武郡
須佐町唐津に至り、須佐川の清流と欝養たる大鳴山の茂林に心をひかれ製陶適地と見初め永住
の計を定め山麓に唐津窯を築きて優品の制作を始めり、その作品は唐津焼に似て更に新規軸を
出したる高雅なる作品は忽ち長州藩主毛利家並びに益田家(元島根県益田の藩主)の翫賞を
蒙り、特に益田藩のお手山として取り立てられ土谷の姓を賜り主として藩主の御用品を制作せり。
即ち田原道仙は初代土谷鹿郎衛門なり。永禄七年に生まれ慶安三年十月八十五才にて歿す。
爾来一子相伝須佐焼として伝統を守り今日に至れり。
1965年十二代六郎右衛門意有りて萩に出て現在の地に居を定め須佐焼の雅に萩焼の優を
取り入れて唐滝庵独特の斬新な持ち味の有る品を制作し世の愛好家の愛玩を博し今日に至れり。